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特使探索方控(①鎌鼬 ②大八車 ③下肥騒動 ④縄張り)

  • 一般小説

    鎌鼬,斬殺,妖刀,下手人,幕府,天下普請,幕府剣術指南役補佐,賄賂,生類憐れみの令,暗殺

    作品タイトル:特使探索方控(①鎌鼬 ②大八車 ③下肥騒動 ④縄張り)

    エピソード名:二 お藤の決意

    作者名:makitajuuri

    歴史 | 完結 | 79話 | 149,705文字

    (本作品の「一章 鎌鼬」と「二章 大八車」は 2021年集英社ノベル大賞一次選考通過作品です。)

     ある日。須坂藩主の腹違いの三男浪人の日野唐十郎が忍びの女から妖刀を渡された。
     その夜。廻船問屋讃岐屋に入った賊が何者かに斬殺され、讃岐屋の抜け荷が発覚した。斬殺された賊を検視した日野道場の主で、甥の唐十郎を我が子のように思う伯父の日野徳三郎は、下手人を剣の達人と判断した。巷ではこの下手人を鎌鼬と噂した。折しも幕府が草案中の天下普請の触書が巷に漏洩し、商人が天下普請に関係する商品を値上げすることが懸念された。
     翌夜。天下普請で儲けを企む談合の帰り、材木問屋紀州屋の主と味噌問屋信州屋の主が斬殺された。仏を検視した徳三郎は、鎌鼬と呼ばれる下手人による事件と判断した。
     奉行所は、下手人が剣の達人では町方に事件解決は困難とみて鎌鼬なる下手人捕縛に日野徳三郎を特使探索方に任じた。唐十郎と大工の藤兵衛と弟子正太は徳三郎に協力する。
     徳三郎だけでは人手不足と考え、大老堀田正俊は剣術試合を催して勝者である日野徳三郎の甥唐十郎、実子穣之介、門人坂本右近を幕府剣術指南役補佐に抜擢し、実質は勘定吟味役直属の特使探索方に組み入れ、大工の藤兵衛と弟子の正太を徳三郎の配下に組み入れた。特使探索方は大老堀田正俊の秘密の策であった。
     事件を探索するうちに、唐十郎は、天下普請にかこつけて若年寄稲葉正休が勘定奉行彦坂重治を通じて商人たちに圧力をかけて賄賂を得ているのを知った。
     大老堀田正俊はすでに若年寄稲葉正休の不正を知り、特使探索方に稲葉正休の魔の手が伸びると懸念して唐十郎に自分の養女で忍のあかねを妻として娶らせ、特使探索方の家族を警護させ、勘定吟味役荻原重秀に勘定奉行彦坂重治を調べさせていた。
     だが、堀田正俊は唐十郎が警護できない城内で稲葉正休に刺殺され、その場にいた幕閣たちにより稲葉正休は斬殺された。御上が生類憐れみの令に反対する大老堀田正俊を、大坂淀川の治水事業に関して意見対立した稲葉正休に命じて暗殺させたと噂された。

     その後。天下普請の触書が交付され普請がはじまった。運送のため大八車が増えた江戸市中は大八車の事故が増えた。そんな深夜、廻船問屋亀甲屋に奉公している孝行息子のの大八車引き六助が掘りに浮んだ。六助の後頭部の首に、蜂に刺されたような傷があり、検視した徳三郎と町医者竹原松月は、鍼灸の鍼のような物で刺殺されたと判断し、唐十郎たち特使探索方と町方は前日の六助の足取りを探った。
     その夜。米問屋山形屋吉右衛門が六助と同じ手口で殺害されて掘りに浮いた。
     さらに次の夜。鍼師の室橋幻庵も同じ手口で殺害されて掘りに浮いた。
     唐十郎たちの探索から、六助が山形屋吉右衛門に依頼されて、鍼師の室橋幻庵宅へ、御禁制の阿片を仕込んだ菓子折りを配達していたらしい事がわかった。
     菓子折りの匂いに気づいた六助に、山形屋吉右衛門が菓子折りの菓子に薬がしこんであると話したため、阿片を抜け荷していた廻船問屋亀甲屋を営む香具師の藤五郎が二人を口封じしていたが、唐十郎たち特使探索方はこの事を知らずにいた。
     その夜。六助を雇っていた亀甲屋の藤五郎が鎌鼬なる者によって斬殺された。
     特使探索方と町方の家宅改めで、藤五郎の部屋から錆びた二本軸の銀の平打簪と玉簪が見つかった。室橋幻庵が妻に買いもとめた簪だった。これらの簪の軸は鍼のように使える。
     特使探索方の聞き込みから、六助や米問屋山形屋吉右衛門が殺害された深夜、二人が藤五郎とともにいたことがわかり、六助と山形屋吉右衛門を殺害した下手人は藤五郎と判明した。藤五郎の阿片の抜け荷の解明と鎌鼬なる者の捕縛は未解決であった。

     鍼師室橋幻庵宅の家宅改めで、幻庵の子息和磨の部屋から血の着いた布に包まれた二本軸の金の簪が見つかり和磨が幻庵殺害を自白した。山形屋吉右衛門が御禁制の薬を六助に漏らしたと知った幻庵が、六助と山形屋吉右衛門を殺害したと思い、和磨は父を許せなくなって殺害していた。和磨は菓子折りが御禁制の薬と薄々気づいていた。
     徳三郎は与力の藤堂八郎を通じて和磨に、父を思うが余りの殺害であったことを奉行所の吟味と評定で述べるように伝え、温情をかけてもらうように助言する。
     後日。奉行所の温情により、和磨は島送り、家族は江戸所払いになった。また、廻船問屋亀甲屋は阿片の抜け荷を摘発され、駿河の芥子栽培人ともども捕縛された。